「プリンセスと魔法のキス」に見る色とイメージ

02/10/2021

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ぼくの言語学習方法のひとつに「ディズニー映画を見る」というものがある。

ディズニー映画は、ターゲットがだいたい10代なので、中級レベルの言語学習者にはとても良い。

特にディズニーソングはかなりしっかり翻訳されているので、音に無理がなく訳されている。

「プリンセスと魔法のキス」

そんなぼくの好きなディズニー映画のひとつが「プリンセスと魔法のキス」である。

主観ではあるが、日本では知名度が低い作品だろう。主観とは思ってたが、同じことを思っている人はいるようだ。この考察は特に面白い。

ディズニー作品は20世紀以降の近代を扱っている作品は多くない。さらにニューオリンズを舞台にしたところも大胆で面白いと言える。

日本ではさほど知られていないが、20世紀のニューオーリンズはアメリカの中でも一風かわった街であった。と、いうのも中米フランス植民地の住民(白人・黒人)が19世紀に流入している。つまり、フランス系の白人・フランス系の黒人・アメリカ系の黒人・アメリカ系の白人、と多くの文化背景が存在していた街である。

テネシー・ウィリアムズの作品「欲望という名の電車」もニューオーリンズが舞台になっている。これはウィリアムズがニューオーリンズで生活していたから、という理由が大きい。

ともかく、この作品は日本人が深く20世紀のアメリカ文化を知るために良い作品であろう。

で、この作品の中でも、一層きわだっているのはDr. Facilierである。いわゆる、ディズニー・ヴィラン(ディズニー悪役)である。狂った感じが際立っていて、非常に良い。

今回は彼が歌う曲にある色とイメージに注目してみる。

緑は金のイメージ

簡単にいうと、欧米文化では「緑」は財産をイメージする言葉として使えるようだ。

明確なsourceを見つけることができなかったが、各言語でGoogle画像検索すると、理由がわかる。

「プリンセスと魔法のキス」では緑は重要な色である。この色の意味を理解しないと、王子がカエルになってしまう意味を正しく理解できない。

というか、ぼくには最初みたときは理解できてなかった。もちろん、これはぼくの英語力が表面的な意味しか捉えていないからだった。

ぼくは英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語(ほんの少しだけ)・日本語を理解する。各言語を比較しながら見ていこう。

英語

該当箇所のスクリーンショットはこれだ。紙幣を見せながら「green」と言っている。

ではグーグル画像検索してみよう。もちろん、シークレットモードにして検索キャッシュを無効にしている。

この画像から、紙幣を緑と表現できる、または、資産のことを緑と表現できると理解できる。

そもそも、王子がカエルになってしまった理由がここにある。Dr. Facilierが「緑が必要だろう。だから、お前の未来を緑にしてやろう」という意味のことを言っている。

それで、結果として緑のカエルになってしまった。

Dr. Facilierは紙幣を見せながらgreen, greenと連呼しているわけだから、王子が勘違いするのも無理はない。ひどい詐欺師である。Dr. Facilierは元から詐欺が目的なんだから、正しい。

ドイツ語

ほぼ英語と同じである。

少し意味が違うところは、主語が変わっている。直訳のドイツ語と原文英語と比較してみよう。

原文: it’s green, it’s green, it’s green you need

ドイツ語の英語訳: I see green, I see green, green bill.

ドイツ語版の方がより詐欺っぽい。Dr. Facilierが「オレには緑が見える」と言っているけど、「金をやろう」とは一言もいっていない。

Google検索はこの通り。注目したいのは、紙幣がドルからユーロになっていること。つまり、ドイツ語でも「緑が紙幣」というイメージは通用すると言える。

こちらは別解。「紙幣」という言葉で検索してみた。

フランス語

フランス語版も英語とほぼ同じである。

Que de vertは「緑っぽいもの」 mon cherは「だんな」的な意味。

日本語に表現すると「緑っぽいものがあるだろ、なぁ、だんな」のような意味。いかにも詐欺師の言葉らしい。

「プリンセスと魔法のキス」は英語が原作言語だが、実はフランス語の方が時代に忠実かもしれない。そもそもニューオーリンズのフランス人地区の話なので、Dr.Facilierがフランス語を話していたと考えるのは自然なことである。さらに、Facilierはフランス語の名前である。

王子はどうも中米系な様子が見える。と、なれば、フランス語が第1外国語だったとしても不思議ではない。

余談だが、この曲の言語として、ぼくはフランス語版が一番すき。怪しさがよく表現されてる感覚がある。

イタリア語

ぼくはイタリア語を、ドイツ語・フランス語ほどに理解していない。でも、興味があるので、調べてみた。

おもしろいことにイタリア語訳は「緑」の言葉を使っていなかった。該当するフレーズはこれ。

Il denaro è quello che non hai

直訳すると「金はおまえがもっていないものだ」になる。

これはおもしろい特徴と言える。

地理的に近いフランス・ドイツでは「緑」の訳をしているにもかかわらず、イタリア語にはそれがない。

日本語

最後に日本語版。

当たり前だが「緑」の要素はどこにもない。ぼくも日本語母語者として「緑」が金のイメージがまったくない。

なので、「金が要る」は意味として正しい翻訳と言える。

にしても、「金が 金が 金が要る」はすさまじいパワーを持った言葉である。大切なことなので、3回も言いました。正直なところ、この曲の日本語訳はイマイチ感がある。

日本語の良さは、語尾だけで文に性格を持たせられるところがある。「だぜ」、「だよ」、「でしょう」。残念ながら、この訳にはそれがない。詐欺師なら、もう少し丁寧な言葉つかいをすると感じが出る。特に王子に対して。

まぁ、子ども向けだから仕方がないのかもしれないが。もう少し怪しさがある翻訳してほしかった。

一方で、この声優さんはすばらしい。テキストのイマイチ感を払拭するくらいにすばらしい怪しさを持った声だと感じた。

声優さんは「安崎求」という方。ジャズボーカルも得意としているようだ。

他には、アナと雪の女王に登場するトロールの長老をあてていたり、

パワーパフガールズの博士の声をあてている。

高貴な青

これはドイツ語版だけの特徴。王族の意味に「青い血」という言葉を使っている。"blaues Blut", Dativeで “blauem Blut"と言っている。

Wikipedia(ドイツ語版)にこの言葉の意味があった。

Der Begriff „Blaues Blut“ (auch „Blaublut“, adj. „blaublütig“, als Redewendung „blaues Blut haben“) findet international auch heute noch seine Anwendung auf Menschen, die adeligen Familien abstammen bzw. der Aristokratie zugehörig sind.

訳:Blaues Blutという言葉は今日でも世界的に使われる表現で、貴族または貴族出身者に属する人を意味する。

Wikipediaの説明で「世界的に」と言っている割には、ドイツ語訳だけがこの表現をしていた。

英語・フランス語・イタリア語では「高貴な」を意味するroyalの単語を使っている。

ドイツ語にもnobelという言葉をroyalの意味で使える。

しかし、あえて「青い血」という表現をしたのは、もしかすると音の都合かもしれない。

おしまいに

ものすごく細かい掘り下げをしたと、我ながら思う。しかし、おもしろい掘り下げでもある。

ディズニー作品は10歳がターゲットになっている。つまり、10歳にして欧米の子どもたちは「緑が紙幣と財産のイメージ」という概念を持っていると言えるだろう。うーん、資本主義社会!

日本語・イタリア語版では緑のイメージがないまま話が進むので、「えっ?どうして王子はカエルになった?」と脈絡がない。イタリア語は知らんが、日本語では文化的に緑に財産のイメージがないので、これは仕方がない。翻訳に緑という言葉を採用している文化圏の境界はどこまでなんだろう?とそんなことをふと思った。